

<資料名> |
開拓者 岡本 島太郎 |
<よみがな> |
かいたくしゃ おかもと しまたろう |
<写真> |
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<収集地> |
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<受入区分> |
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<製作地> |
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<製作年代> |
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<材質・材料> |
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<備考・コメント> |
広島県大竹(おおたけ)郡立戸新開(たちどしんかい)出身の人。嘉永 3年(1850)11月、父金槌の三男に生まれた。明治16年(188 3)島太郎33歳の時、手稲村星置に移り住んで農業を営んだ。北海道に 移住した最初の明治16年の春に、石狩に到着して1か月ばかりの間、問 屋商業の家に奉公して苦労したという。
手稲村星置に移ってからは 、星置川のほとりで澱粉製造工場を始めたが、2年後に大水害に見舞われ て中止した。その後、農業ひとすじに努力して豊かな農家になった。島太 郎の息子の籐吉郎に農地を譲り、農地の開拓を広くすすめ安定した農家と して知られるようになった。 |
<収蔵施設コード> |
11:手稲記念館 |
<大分類(コード)> |
01:記録<地図や写真など> |
<中分類(コード)> |
01:記録<地図や写真など> |
<小分類(コード)> |
04:写真:レポート、写真、実測図、テープなど取材等の結果生み出された資料 |
<個別番号(コード)> |
11-0040 |
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